2011-01-06 Thu
皆さま、こんばんは。年末年始、栄養ドリンクと頭痛薬のお蔭で何とか乗り切りましたがここに来て疲れが一気に出てしまいました。
あさ、起ききらぬからだと頭で赤ちゃんの離乳食をなんとか用意し、部屋に戻り洗濯、でも力がどうしても入らずベッドにダイビング、午後二時まで泥のように寝てしまいました。
スタッフの皆、迷惑かけてごめんなさい!
体力の衰えを年々感じます。若いころのように気力だけではケアできないのがこれからの問題。ガンの発生率だって急激に高くなるし、こころ以上にからだのケア、慎重にならないとダメですね。
午後から、社長と調理長、接客リーダー二人と緊急にミーティングを行いました。
お客様からの評価は決して悪くない、ところが実際はどうなのか?お客様はお優しくてあえて何もおっしゃらないだけで心の底では不満をいっぱいお持ちなのではないだろうか?
ワタクシが最近特に問題に思うのは「主体性のなさ」。
意思や確固たる考え目標を持たず、他力本願で不満が生じるとすぐ他人のせいにしたがりその場限りの言い逃れ・・・。
そのシワ寄せで、実際にワタクシが見ている範囲内だけでも、マナー・知識・経験・細やかな心遣い・・・すべてにおいて不足だらけです。
怖いのは問題意識を持たず、これで完璧に出来ている、いっぱいいっぱいで能力の限りやっているという「慢心」。
「慢心」は自己の成長を止めるどころか、周りにも悪影響を与え、そして今日の議論のテーマでもある一番怖い客離れを引き起こします。
人間は本来怠け者です。それなのに楽して豊かに暮らしたいと願う勝手な生き物です。
ただ一方で、一度の人生ですもの、こうありたい自分、こうありたい未来、大なり小なり様々な希望を持って暮らしているのも確か。
結局、やるのも自分、やらないのも自分。
面倒だからと学ばず、挑まず、正さず、そうして楽して向上心を持たず時を無駄にするのも自分であれば、希望を持ち目標を定めて突き進みキラキラした人生を演出するのも自分・・・。
人は結局人生をどう生きるか、責任は自分でしか取れない。
それが人生の価値そのものとなる。
一度しかない人生、ここには一緒に頑張れる仲間がいるではないですか。
それはすごく貴重な何物にも変えがたい宝物ではないですか?
甘やかしてくれる仲間は宝物ではありません。
心から叱咤し成長させてくれる仲間こそ宝物です。「可哀想」の涙よりも「良く頑張った」の涙。
もうひとつ考えましょう。
自分は周りの人にどういう栄養をあげられていますか?
その栄養はこの世に生きさせていただいている「感謝の気持ち」でもあると思います。
そんなふうに本当の意味での思いやりを常に持ち続けたら、おのずと周囲はみな幸せになるでしょう。
お客様にも最高のサービスができ、会社も潤い自分自身の人生も深く豊かになるでしょう。
みんな、一緒に頑張ろうよ。
そして一歩ずつでももっともっと前進し続けましょうよ。
2010-12-31 Fri
皆さま、こんばんは。「トイレの神様」を何度聞いても号泣してしまう若おかみでございます。
大変ご無沙汰ばかりで、いつの間にか今年もあと数時間で終了。
何やってんだか・・・・・・・・いえいえ、毎日本当に走り回っているんです!きっと要領の悪い自分のせいでしょう、走り回っているうちに光陰矢のごとし、なのです。お許しを・・・。
2010年、たくさんのお客様に支えられ無事に新しい年を迎えることができそうです。
新卒の学生すら満足な職にありつけない厳しい世の中ですが、スタッフに泣く泣く不本意な負担を掛けることなどなく、今年も仕事終了後は皆で幸せの湯気が立ちのぼる年越しそばをすすり、そして明日は笑顔と共に美味しくお屠蘇をいただけそうです。
お客様にもスタッフたちにも”感謝”・・・この言葉しかございません。
来る年もお客様にかけがえのない想い出をたくさんお持ち帰りいただけるよう、スタッフと共にたゆまずに日々精進してまいります。
「琴線に触れるおもてなし」
これを目標として頑張ってまいります。
今年一年、本当にありがとうございました!
2010-07-02 Fri
皆様、こんにちは。とても悲しい出来事がありました。
ワタクシのよく知る旅館さんが諸々の理由でお商売をやめられるとの話を聞いたのは10日ほど前のことです。
G・W明け、じゃらんネットからそのお宿の名前が消えたのをすぐに気がついたのはワタクシでした。
実は・・・その直前にお宿にとても胸の痛い悲しくて涙が出るような口コミが書かれました。ワタクシ自身も数日へこむような内容でした。
温厚で大変お優しいご主人と、一生懸命ご主人を助ける心遣いの素晴らしい奥様。
お客様からとても評判の良かったいいお宿でした。
お宿の内部を拝見したことはありませんが、施設自体は老朽化してあらゆる箇所の修繕が必要な状態、もちろん今流行りの派手な設備などないどころか、お風呂さえもおそらく質素で簡素な状態だったであろうと思います。
ただ、お客様から絶大な支持を得ていたのは、他ならぬご夫婦のお人柄とご主人自らおもてなしをなさるお魚中心のお料理の数々・・・。
じゃらんネットでの口コミがいつもサービスと夕食は4,8や4,9の高得点ということから、お客様の満足度をうかがい知る事ができました。
同じ商売という立場、苦労も楽しさも痛いほど判り、口コミを度々拝見しては心の中で自分のことのように本当に嬉しく思っていました。
ただ・・・お宿の台所事情まではわかりませんでした。
経営が切羽詰った大変な状況だということも、これから先のお考えもまったく何も。
数日後、落胆して帰ってきたウチの専務から「○○さん、もう辞めるんやて」と聞かされました。
どこかで引き際を探していらっしゃったのかもしれません。ですが、最後に背中を押された本当の理由は・・・あのじゃらんネットの辛辣な口コミだったのです。
どうして一部の主観的で偏った評価によってこんな辛い結末になるのでしょうか。
どうしてこんな不条理が許されるのでしょう?
怒りと深い深い悲しみでいっぱいです。
ご夫婦にとってはお客様からの「喜び」の声だけがお宿を続ける生き甲斐となっていたのに。
「奥様の心配り・笑顔にとても癒されました」
「お魚がこんなに美味しいものと初めて知りました」
「田舎に帰ったようなご夫婦の温かさに・・・また絶対来ます!!」
あーもうダメです。
ご夫婦の落胆と苦悩を思えば思うほど辛くて涙がぽたぽた出てきます。
もう訳もわからずただただ辛くて悔しいのです。
この競争社会、確かにネットでの口コミというのはある意味大切なものかもしれない。
ただそれにより我々は恩恵を受ける代わりに大変な被害も受けるのが実情です。
頭を垂れて反省し、自分を奮い立たせ改善するきっかけにもなるが、悪意さえも感じるような自分本位の身勝手な口コミに泣かされることもあるのです。
何の恩義もないR社にたくさん手数料を払い、しかも弱いお宿に最後までも決断させるこの不条理なシステムって・・・いったい何?
でも・・・何もデキナイワタクシ。
涙を流すことしかして差し上げられません・・・。
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