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なぜ勉強しなきゃいけないか?


皆様、こんにちは。

先日、娘に突然「お母さん、勉強ってなんでしなあかんの?」と聞かれました。
唐突な質問にそのときはしどろもどろで返答しましたが、正しい答えを探すべく“勉強とは?”について調べてみました。

勉強とは英語で「study」と言います。そもそも「study」はラテン語の「studium」に由来するそうです。そして「studium」の意味は「情熱・熱意」。
つまり、勉強することは「情熱を傾ける」ことであると言えます。
勉強は「しなくてはならないもの」ではなく、己の自主性でするものなのです。

人間というものは基本的には探究心があるものです。義務教育まで、特に小学校のお勉強は生活するのに困らない本当に基礎的なことをただ叩き込むものだったと思います。本来、本当の勉強を楽しむというのはそのあとのステップにあります。基礎知識からの延長線上で「もっともっとこのことについて深く知りたい」という思いが勉強を楽しむことに繋がります。

そしてもっといえるのは、深く知識を得ることは人生をも深いものにします。
例えばある物事について10識る人と1しか識らないひとの人生の楽しみの深さは明確な雲泥の差があるでしょう。
物事を深く追求する姿勢というのは自己の心の成長にも繋がります。心の成長が未熟な可愛そうな子供たちがニートという道を選ぶのでしょうね。

そう思うと、勉強の楽しみを掘り起こしてくれる素晴らしい先生に巡り会うことの必要性をつくづく感じますね。子供たちが深く敏感に影響を受ける時期にどんな人(先生や友達など)と出会いどんな教育を受けるかで人生の彩りが変わってくるかと思うと、我々大人は責任の重さを噛み締めなければなりません。

私の好きな経営者の1人にワタミフードサービスの渡邉美樹さんがいらっしゃいます。
夢を形にしていらっしゃる渡邉氏の著書に次のようなくだりがあります。


中高生の段階で隣の人よりいい点を取りなさいという偏差値教育をやっている限りだめでしょう。この時期は「お前は何者だ?」という教育をしてあげないといけません。
己の存在を問う教育をしていって、本人が自分はいったい何者だろう、社会っていったいどうなっているのだろうと考えるところから、次のステージに成長していくのです。


広く平たく言えば、勉強とは「お前は何者だ?」に辿り着くプロセスであるのでしょうね。

じつは私も小学生くらいのとき母親に同じ質問をした記憶があります。
私の母親はマイペースというか、物事に関してわりと度胸が据わっっている?というか、その答えは私を突き放す内容のものでした。いまから思えば期待どおり・・(笑)

こうです。「勉強はしたい人がするものやで。しなきゃいけないわけではない。あなたが勉強しなくてもお母さんは全然痛くも痒くもない。ただ大人になってからもっといろいろ知っておけば良かったって後悔してもすべては自分の責任。それに世の中には勉強をしたくても出来ない環境の人がいっぱいいるんやで。」
その答えは幼い私の心にかなりの恐怖心(うわ〜自分で何でもせな放っておかれるんや!)と自主性を芽生えさせるのに十分でしたね。(笑)スゴイ母です・・

そして今、同じく母親になり同じ事を同じ口調で子供に言っている自分があります。
これでいいのか悪いのか、自分が与えてもらった経験しか子供には与えられないものですね。


| hiina | 16:20 | comments (x) | trackback (x) | 徒然なる思い |
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