2006-09-06 Wed
皆様、こんにちは。
朝夕少しずつですが、秋の匂いの風が吹き始め幾分か凌ぎやすくなって参りました。
忙しかった夏休みも過ぎ、ようやくほっと一息ついたところです。
酷暑の中お越しいただいたお客様、本当にありがとうございました。
お客様へのアンケートを実施している旅館はたくさんありますが、当館でも3年前のリニューアル時からご宿泊のお客様にのみご無理を申し上げております。もちろん強制的ではございませんが、ありがたいことにアンケートの回収率は7〜8割ほどございます。これはおそらく他の旅館さんに無いとても高い数字だと感謝しております。私どものような小さく、決して新しい訳ではない旅館でもお心にかけていただいている事のありがたみを痛感致します。
もちろん日々喜んでいられる内容ばかりではございません。お優しい中にも厳しく公平な視点で適切なご教示を頂いた時などは、日々の怠慢さを見透かされているようで消え入りたい気持ちになる時もあります。いや、そういう怠慢さを自分で認識している時ほど、不思議ですが必ずといっていいほどその点を指摘されるものです。そんなときは後悔の嵐です。
私の日常の安易な「ま、いいか」がお客様のかけがえの無い大切な一日を作り上げているかと思うと猛省しきりです。
それでも、リニューアル当時からすればアンケートの評価は比べ物にならないくらい良くなりました。リニューアルして2年くらいはとにかく日々の業務に追われるばかりで、本来取り組まなければならない本当に大切な部分を蔑ろにしておりました。というより見て見ぬ振りだった、の方が正しいかもしれません。
ようやく今のいい状態になってきたのは、私自身にも物事を俯瞰で見る余裕がほんの少し出てきたのと、それより何より私の運がいいのか信頼できる優秀なスタッフに恵まれていることに尽きます。
サービス業において最も大事だと思われる「一目見ただけで瞬時にものごとを深く捉える力」というのはおそらく天性の資質であまり努力して良くなるものではないと思います。
ありがたいことにこの能力が備わったフロントスタッフが私をいつも助けてくれています。
仲居のおねえさま方もそれなりに個性を発揮して味のある接客をしてくれている結果がアンケートにもそのまま反映されています。
屋号の「ひいなの湯」は古語の「ひひな」からつけたものです。「ひひな」とはもちろんすぐ隣の淡島神社さんにあやかってお雛様との意味もありますが、“小さくて可愛いもの”という意味もあり、小さいながらもきらりと光る魅力ある旅館を目指そうと名付けました。
更なる上を目指して今はとても楽しく走っている状態です。
”人ありて我あり”です。感謝の気持ちを忘れずにずっと楽しく走っていられるように・・。
2006-06-18 Sun
皆様、こんにちは。
昨年の8月号にキャンセル料について旅館側からの意見を述べさせていただきました。
しかしながら、日本の旅館業界ではお客様から十分な理解を得られないのが実情です。
なぜなら日本はそういう文化だから、です。
つい先日もやむ無い事情で当日キャンセルをなさったお客様に対しキャンセル料を請求させていただきました。それに対し抗議のお手紙を頂戴いたしました。わかっていただきたいのは、キャンセルの理由を知る私としても苦渋の選択でまさに心を鬼にしての決断だということです。
ただ悲しいことに、その気持ちも宿としての立場も言葉を選び言い回しに工夫しても全くといっていいほどお客様には伝わりません。
そもそもどうして、「キャンセル料」は宿泊約款の中に定められてあるのか?
なぜなら、第一にご予約のお客様のお越しを準備を整えてお待ちしている多くのスタッフがあること。そしてそのスタッフにはもちろん家族があり養う子供があります。
第二に魚など食材の仕入れ・仕込みをしてしまっているため結局すべてが無駄になってしまうこと。皆様はおそらくご存じではないでしょうが、海の旅館というのは料理原価が恐ろしくかかります。海の幸を目的にいらっしゃっているお客様には素材のごまかしがきかないですし、この立地で比較的安価な野菜や山菜料理などを出すわけにはいきません。
私どもはサービス業です。数ある宿の中から私どもをお選びいただいた大切なお客様を心からお迎えし、お料理を用意し、温泉で日頃の疲れを癒していただき、お帰りの時間までのサービスに対するお代金をいただいて成り立っております。ですが、実際はチェックインなさる前からの準備がかなりあるわけです。それが「キャンセル料」が発生する理由です。
すこし前に「国家の品格(藤原正彦先生著)」を読みました。もう何ヶ月もベストセラーになっている書籍です。なるほどと納得できるわかり易い内容で短い時間で読むことができます。
その中で日本人特有の情緒について書いていらっしゃいます。それは「もののあわれ」といわれる日本人ならではの繊細な感受性を指します。たしか高校時代に古典の授業で習った「あわれなり」とは「しみじみとした趣があること」やずばり「趣を楽しむ感性」のことだったような記憶があります。(違うかもしれませんが・・)
確かに日本人ほど感情が豊かで複雑な国民性はありません。
で、その日本人の感受性を満足させる為に、和風旅館というものは古来からスタイルを幾重にも変えながらも根本は全く変わらないまま今に至ると思います。
同時に日本は“あいまいさ”を重んじる文化です。イエスノーをはっきり言うと煙たがられ、はっきりさせないことが美徳とされます。
旅館側が売る「サービス」というものはまさに“あいまいさ”が形になったものだと思います。ここまでがサービスですよという線引きが非常に難しいのです。
幾つかの例をあげますと、例えばお客様の中にお浴衣・バスタオル・タオルなど何度も取り替えなくては気が済まない方があったとします。お客様はそれを「サービス」の一つであると認識なさり、それに対してのお料金を請求させていただく事にご立腹なさいます。
また、よく「おなかが一杯だからご飯はいりません。その代わりそのご飯でおにぎりを作ってください」とご要望があります。もちろんその場合も有料だとサービスが行き届いてない旅館だと叱られます。
旅館の持ち物であるバスタオルや調度品などをお持ち帰りになるのも同様に旅館側が声を荒げることはできません。
どこまでのサービスに対してお料金をいただけるのか。
正直なところボーダーラインがありません。「お客様の良識」にゆだねるしかないのです。
極端ですがお客様が「これは白ですよね」とおっしゃればどう見ても黒だなと思っても「そうですね」と答えるのが日本の文化だからです。
だからこそ接客業の難しさ、そしていろいろ辛い経験をするたび人生の無常さを身をもって感じます。
たくさんの様々な辛いことを抱えながら、しかしヒトはそれでも人生を歩いていくのですね。でもその分量と同じくらい楽しいこともたくさん。
私はまだまだ若輩者ながら、勇気を出してNOと言える旅館にしていくのも大事なのではないかなという思いも強くしております。本当はYESばかり答えてお客様に喜んでいただくのが理想的なのですが・・。
2006-05-28 Sun
皆様、こんにちは。
連日の忙しさに栄養ドリンク片手に乗り切ったゴールデン・ウィーク明け、少し体調を崩してしまいました。「あれ?女将日記更新してないぞ?」とご心配いただいた方、ありがとうございました。少しずつですが頑張りますのでこれからも応援をお願い致します。
今日もおかげさまでお昼のご宴会がたくさんあり、洗い場が回らないとのことで久しぶりに“スーパー皿洗い機”(と勝手に名付けている)に変身致しました。
食器を早く洗い上げるには順番があります。宴会から下げた同じ器ばかりを仲居が配膳室でより分け、それを一斉に洗っていくのが一番効率が良いのですが、なかなかそううまくは物事は運びません。
試行錯誤の結果、その時そのときの状況に合わせて一番良い方法をと苦心する日々です。
方法一つで終わる時間が30分や1時間もの差が出てくるから軽視できない課題です。
今はお皿洗い専門のパートさんが数人いますが、少し前までは主人の母親である大女将が中心になりやってくれていました。
旅館の女将さんには大きく分けて二通りあります。
旅館の顔として表舞台で活躍するか、その対極で黒子として地味にコツコツ働くか。
母はもちろん後者です。
母の偉大さは口では言い表せません。例えば体が疲れて少しでも早く横になりたい時にでも仕事を先延ばしには決してしない意志の強さ、他人が面倒がったり嫌がったりすることを自らすすんでやるところ、そして几帳面さ。どれをとっても私など足元にも及びません。
“スーパー皿洗い機”と化した今日、最後の最後に「大阪屋名物鉄鍋」(これも勝手に名付けている)を洗いました。
昭和40年代に購入後、ずっと変わらず使いつづけている「鉄鍋」はその名の通り鉄でできているのでずしりと重く、今では余り見かけない代物です。
金だわしで一つ一つごしごしと無心で洗ううち、父母が、そしてはるか先代がずっと大切に守り続けて来たであろう「大阪屋」の歴史の重みをずっしりと感じました。
「大阪屋」は江戸末期(文政4年1822年)にはすでに旅館を営んでいた記録があります。
時代を超え形を変えはしても、思うものは唯ひとつゆえに続いてきた歴史。
そして母が一生懸命洗いつづけた鉄鍋は母の人生の証でもあります。
母は今では半分引退のような形で、大変な時だけこまごまと助けてくれております。あとはもっぱら私の子供たちの世話に勤しんでくれています。
感謝、の一言につきます。
私は周りの人に助けられ、大きな歴史の中で生きさせてもらっている、そのことを忘れてはいけないと思い出しました。
そして、今日、タイムリーなことに素敵な格言に出合いました。
心が変われば行動が変わる
行動が変われば習慣が変わる
習慣が変われば人格が変わる
人格が変われば運命が変わる
心は最後に運命をも変えうるんですよ。すごいですね。
お皿洗いの今日一日。“私が私の足で立つべき位置”を思い起こしくれた素晴らしい一日となりました。
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